オンデマンド任意量子状態生成器

本グループでは、任意の量子状態をいつでも好きな時に取り出せる装置、つまりオンデマンド任意状態生成器に関する研究を行っています。

量子テレポーテーションをベースにした量子情報処理をするにあたり、3次位相状態 [1]や、Gottesman-Kitaev-Preskill状態(GKP状態)[2]という特殊な量子状態をいかにして準備するか、ということが非常に重要です。こうした状態を巧みに使うことで、誤り耐性のあるユニバーサルな量子計算を実現する方法が提唱されています[3]。しかし、これらの状態は単一光子状態のような非古典的で非ガウス型の状態であり、高純度で生成が可能である伝令付きの手法と呼ばれる方法では、確率的にしか生成することができません。一方で光の量子状態がうまく相互作用するためには、その量子状態がビームスプリッタ等の光学素子に到達する時刻を揃えないといけません。光は常に飛び回っているため、確率的に生成した光の量子状態同士を確実に相互作用させるのは、容易なことではありません。

その困難を克服する革新的な装置こそ、本グループで研究中のオンデマンド任意状態生成器なのです。

本グループでは、この「オンデマンド任意状態生成器」として連結共振器型のシステムを用いています。これはメモリ共振器とシャッタ共振器という2つの共振器を連結させたシステムのことで、メモリ共振器の中に確率的に生成した状態を保存しておき、シャッタ共振器を開放するタイミングで保存した状態を取り出すというものです。

量子メモリの研究は世界各国で盛んに行われています[4-9]。その中でも本グループで用いている連結共振器型システムは、単一光子状態の保存と取り出し[9]、単一光子状態と真空場のコヒーレントな重ね合わせ状態の保存と取り出し[10]を行いました。その中で、強い非古典性の指標であるウィグナ函数の負値を保存できることも示されました。また、このシステムは原理的にはどの光子数のどの重ね合わせでも保存することが可能です。

また、Hong-Ou-Mandel干渉という現象を示す単一光子状態の放出タイミングの制御にも成功しており[11]、ごく最近では、2モードの量子状態を保存し、取り出すことにも成功しています。

現在は、メモリの保存時間等の改善や、状態生成の方法に関する研究を進めています。

メモリとは別に、本グループでは複雑な量子状態の生成を目的として、光子数識別器という究極の光検出器の開発も行っています。上記で述べた非ガウス型量子状態の生成には光子検出が不可欠なのですが、一般的な光子検出器は光子の有無しか判別できないため、限定的・近似的な量子状態しか生成できません。光子数を直接測定することができれば、複雑な量子状態を高い効率で生成でき、実用的な量子計算に向けた大きな一歩となります。私達は東京大学総合研究機構の高橋研究室、産業技術総合研究所の福田グループとの共同研究を行い、超伝導体に光子が入射した際の微弱な温度変化を検出する、超伝導転移端センサを用いた光子数識別器を開発しています。現在はまだ開発段階ですが、今後、上記の量子メモリと組み合わせることで、真の意味でのオンデマンド任意量子状態生成器を目指します。

図1:メモリ共振器を利用したオンデマンド任意状態生成器の概略図 [10]。
図2:二台の量子メモリを用いた単一光子の干渉実験 [11]。(A)単一光子はランダムに発生するため、そのままでは干渉する確率が非常に低い。(B)量子メモリを用いて、単一光子が放出されるタイミングを調節することで干渉する。