ハイブリッド量子テレポーテーション

量子力学の原理を応用することで、究極の大容量光通信や、特定の問題を超高速で解く量子コンピューターが実現できる。そのような量子情報処理を構築する上で中心的な役割を担うのが量子テレポーテーションである。量子テレポーテーションとは、送信者から離れた場所にいる受信者へ、エンタングルメントと古典通信を用いて量子情報を送る手法である。特に、光を用いた量子テレポーテーション技術は各種量子通信プロトコルにおいて不可欠であり、また光の量子テレポーテーションをベースとした量子論理ゲートを用いれば光量子コンピューターを構築することもできる。

1993年に初めて提案された後[1]、1997年にオーストリアの研究グループが初めて光量子ビットのテレポーテーションを成功させた[2]。しかし、この手法にはいくつか欠点があり、光量子情報処理への応用上の制約となっていた。欠点の1つは転送効率が低いことであり、1%以下と推測される。この原因は、エンタングルメントの生成プロセスや、2つの光子を合わせた射影測定が確率的にしか実現できないためである。この手法のもう1つの欠点は、テレポーテーション後の出力量子ビットを測定することで成功事象を事後選択的に選び出さなくてはならないことである[3]。この測定によって転送後の量子ビットは破壊され、その後の情報処理に利用することができない。この後も多数の関連実験が行われたが、ほぼ全てが以上で述べたものと同じ欠点を持っていた。

2013年、我々は世界で初めて光量子ビットの決定論的な量子テレポーテーションを実証することに成功した[4]。従来の確率的な手法とは異なり、この実験では光量子ビットが各試行で必ずテレポートされる。更に、我々の手法では成功事象を事後選択する必要もない。この実験で従来の課題を克服する上で鍵を握ったのは、光量子ビットと連続量量子テレポーテーション[5,6,7]を組み合わせた「ハイブリッド技術」である。連続量量子テレポーテーションは、1997年に初めて実証された手法で[7]、状態を決定論的に転送できるという強みを持つ。この強みの理由は、波のエンタングルド状態をオンデマンドに準備できる上、2つの波を合わせた完全な射影測定が実現できるからである。これまで長い間、連続量量子テレポーテーションは光波の振幅や位相の情報をテレポートするために用いられてきた。しかし、技術的課題によって光量子ビットへの適用は難しかった。この原因は、一般的な光量子ビットはパルス波ベースで生成され、広い周波数帯域を持つのに対して、連続量量子テレポーテーション装置は連続波ベースで、元々は狭いサイドバンド周波数成分のみを転送可能な装置であるからである。そこで、我々は広帯域な連続量量子テレポーテーション装置[8]と、そのテレポーテーション装置に最適な狭帯域の量子ビット[9]を開発し、これらの革新的技術を組み合わせることで技術的ハードルを克服した。更に、我々は連続量量子テレポーテーション装置のゲイン調整機構を用いて、量子ビットの情報を忠実に転送できることを見出した[10]。

このハイブリッド技術の実現により、事後選択のない決定論的な光量子ビットの量子テレポーテーションが可能となった。4種類の量子ビットに対して、79~82%の転送精度(忠実度)が得られ、いずれもテレポーテーションの古典限界を上回った。この成果は、光の量子テレポーテーションの研究領域において、初の実験から16年の時を経て実現した画期的なブレイクスルーであると言える。我々の成果によって、量子ビット・連続量の双方の課題を克服する可能性を秘めたハイブリッド量子情報処理の進展が加速することに期待したい。

時間領域多重化による超大規模量子もつれの生成

量子コンピューター実現への鍵の一つに超大規模量子もつれの生成が挙げられる[1]。量子もつれと呼ばれる量子の持つ特殊な相関は、量子コンピューターの実現に必要不可欠な要素である。2000年頃からさまざまな量子系を用いて量子もつれを大規模化する試みが盛んに行われてきたが、イオントラップの手法を用いた14量子間のもつれの生成が最大であった[2]。光を用いる場合、スクイーズド光と呼ばれる非古典的な光を干渉させることで容易に量子もつれを生成できるが[3]、従来の手法では量子もつれの大規模化に伴い実験装置が拡大してしまうという問題のため、9量子間のもつれの生成が限界だった[4]。いずれの量子系でも大規模な量子もつれ生成は非常に困難であり、量子コンピューター実現への大きな障壁となっていた。

そのような中2011年、シドニー大学のニコラス・メニクーチ准教授は光を用いた量子もつれ生成を時間領域で多重化する新手法を提案し、量子もつれの規模という問題の解決の糸口を見出した[5]。ただし、この手法により装置を拡大することなく超大規模量子もつれを生成することが理論的には可能である一方、様々な技術的困難のため実現には至っていなかった。

2013年、我々はメニクーチ准教授が提案した時間領域多重の手法を基に超大規模量子もつれ生成の実験装置を開発し、量子もつれの大規模化という問題を世界で初めて解決した[6]。時間領域多重の手法を適用すると、連続波のスクイーズド光は複数の時間的に独立したスクイーズド光とみなすことができ、二つのスクイーズド光発生源のみで超大規模量子もつれを生成することができる。具体的には、時間的に分割された多数のスクイーズド光を一度干渉させ、その一方に対し光ファイバーで時間遅延を付与し、その後に時間的に前後の光を再び干渉させることで、時間的に前後に存在するスクイーズド光がもつれあった状態を生成することができる。

また時間領域多重の量子もつれ生成のための実験装置の開発にあたって、我々は時間領域多重化のための損失の非常に少ない光遅延系など、多くの技術開発を行った。その結果、従来比1,000倍超となる16,000量子以上がもつれあった超大規模量子もつれの生成に成功した。システムの安定性を向上させることで、原理的には制限なく超大規模な量子もつれを生成することも可能である。

さらに、この超大規模量子もつれ状態と量子テレポーテーションを組み合わせることで時間領域多重の量子コンピューターを実現できる。時間領域多重化を量子もつれ生成のみならず、テレポーテーション型量子コンピューターにも用いることで、装置の規模を拡大することなく量子コンピューターの大規模化も可能になるのだ。現在は、開発した時間領域多重の超大規模量子もつれ生成装置に基づいた、大規模量子コンピューターの開発にも取り組んでいる。

図1:光を用いた量子コンピューター回路のイメージ図。従来考えられていた光を用いた量子コンピューターと、時間領域多重の量子コンピューターの比較。
図2:時間領域多重の量子コンピューター拡大図。時間領域多重の量子コンピューターは、時間領域多重の量子テレポーテーションに基づいている。開発した超大規模量子もつれ生成装置は、時間領域多重の量子コンピューターの一部分である。
ユニバーサルな量子計算の実現に向けた非古典的量子状態の生成

量子力学の原理を応用することで、特定の問題を現行の古典コンピューターよりも効率的に解ける可能性が示されており、量子コンピューターとして研究が進められている [1]。古典コンピューターが NAND ゲートの組み合わせで構成できることはよく知られているが、同様に、量子コンピューターにおいても、これを構成するゲート (量子ゲート) の最小単位が存在する。特に、連続量の手法を用いた光量子情報処理においては、ある 5 つの量子ゲートの組み合わせによって、任意の量子計算が可能であることがわかっている [2]。古澤研究室では、これらの量子ゲートのうち 4 つまでが実験的に実現されている [3]。残る 1 つの量子ゲートの構築が本研究の目的である。目的の量子ゲートは 3 次位相ゲートと呼ばれるが、これが実現されれば、量子計算をユニバーサルに行うための量子ゲートがすべて揃うことになる。

3 次位相ゲートは既存の量子テレポーテーション技術に、ある特定の量子状態を組み合わせて実現できることが知られている [4]。ここで必要となる量子状態は、0 から 3 光子数状態の重ね合わせとして表される非古典的な状態であり、これを生成することが 3 次位相ゲート構築のカギである。似たような重ね合わせ状態を生成する実験は過去にも数例存在していたが [5, 6]、高々 2 光子数状態までの重ね合わせまでしか作られておらず、また生成された状態に 50% 程度の大きなロスがあった。ロスの原因として、パルス光スキームを用いていることで測定時に大きくロスを受けていることが考えられた。3 次位相ゲートに用いる量子テレポーテーションには高い測定効率が不可欠であるから、先行研究の系は不適であった。

ロスの改善にあたり、我々はより測定効率の高い連続波光スキームを採用し、2013 年、0 から 3 光子数状態までの任意の重ね合わせを、80% 近い効率で生成することに成功した [7]。この実験手法で生成できる量子状態の 1 つとして 3 次位相ゲートに用いる量子状態の生成実験も行っており、高次の非古典性を持つ量子状態生成の成功が確認されている [8]。現在は、この手法を応用し実際に 3 次位相ゲートを実現する方法の開発に取り組んでいる。

図1: 非古典的状態生成実験の概念図。Trigger の光の側に置かれた 3 つの APD で同時に光子が検出された時、Signal の光は目的の非古典的量子状態になっている。
図2: 実験的に生成された、様々な非古典的量子状態の例。これらの状態は 0 から 3 光子数状態までの重ね合わせとなっている。(c) が 3 次位相ゲートへ応用が考えられている量子状態。
ループ型光量子コンピュータ

光を用いた量子コンピュータは、室温で動作可能・通信に利用可能という利点から、汎用量子コンピュータ実現の有力候補の一つです。これまで、小規模な光回路を用いて、基本的な量子論理ゲートや量子誤り訂正などの原理実証実験が行われてきました。しかし、光量子コンピュータの大規模化にはまだいくつかの課題が残されています。1つは、計算量が増えると光回路の規模が増大し、膨大なスペースと膨大な数の光学素子が必要になるという問題です。更に、1つの光回路にはある定まった計算をする機能しかないため、異なる計算をするためには光回路を組み替える必要があるという問題もあります。

そこで近年、我々はどれほど大規模な計算も最小規模の回路構成で効率良く実行できる新しい光量子コンピュータ方式を提案しました[1]。この方式では、図1のように1本の光路上に量子情報をコードした光パルス(Input)および計算に用いる補助的な光パルス(Ancilla)を準備し、それらを二重ループ型の光回路へ送ります。外側のループは多数の光パルスの量子状態を蓄えておくメモリであり、光パルス列はまずこの外側のループに取り込まれます。一方、内側のループは量子プロセッサであり、光パルス列に逐次処理を行うことで量子計算を実行します。ここでは、光スイッチ、ビームスプリッタの透過率、位相シフタ、増幅器のゲイン等のパラメータを時々刻々と変化させることで、プログラマブルに量子論理ゲートが実行されます。

この手法は光回路規模を変えずに任意の数の光パルスを処理でき、また光パルスを光源のコヒーレンス時間内に測定しながら無制限に演算を繰り返すことができるため、拡張性に優れています。更に、必要な補助光パルスさえ準備できれば、量子ビット・連続量いずれの量子情報に対してもユニバーサルな量子論理ゲートが実現可能です。加えて、プログラムを書き換えて各種パラメータの制御パターンを変えるだけで、同じ光回路でどのような量子計算も実行できます。本方式によって光量子コンピュータの大規模化が可能になると同時に、その開発に必要なリソースやコストも大幅に減少すると期待されます。現在、我々は本方式の光量子コンピュータにおける計算精度や各種アルゴリズムの実装方法について解析を進めながら、実際に本方式での光量子コンピュータ開発に取り組んでいます。

図1: ループ型光量子コンピュータ[1]。HD:ホモダイン検出器、Disp.:変位操作、PS:位相シフタ、VBS:可変ビームスプリッタ。