時間領域多重化による超大規模量子もつれの生成

量子コンピューター実現への鍵の一つに超大規模量子もつれの生成が挙げられる[1]。量子もつれと呼ばれる量子の持つ特殊な相関は、量子コンピューターの実現に必要不可欠な要素である。2000年頃からさまざまな量子系を用いて量子もつれを大規模化する試みが盛んに行われてきたが、イオントラップの手法を用いた14量子間のもつれの生成が最大であった[2]。光を用いる場合、スクイーズド光と呼ばれる非古典的な光を干渉させることで容易に量子もつれを生成できるが[3]、従来の手法では量子もつれの大規模化に伴い実験装置が拡大してしまうという問題のため、9量子間のもつれの生成が限界だった[4]。いずれの量子系でも大規模な量子もつれ生成は非常に困難であり、量子コンピューター実現への大きな障壁となっていた。

そのような中2011年、シドニー大学のニコラス・メニクーチ准教授は光を用いた量子もつれ生成を時間領域で多重化する新手法を提案し、量子もつれの規模という問題の解決の糸口を見出した[5]。ただし、この手法により装置を拡大することなく超大規模量子もつれを生成することが理論的には可能である一方、様々な技術的困難のため実現には至っていなかった。

2013年、我々はメニクーチ准教授が提案した時間領域多重の手法を基に超大規模量子もつれ生成の実験装置を開発し、量子もつれの大規模化という問題を世界で初めて解決した[6]。時間領域多重の手法を適用すると、連続波のスクイーズド光は複数の時間的に独立したスクイーズド光とみなすことができ、二つのスクイーズド光発生源のみで超大規模量子もつれを生成することができる。具体的には、時間的に分割された多数のスクイーズド光を一度干渉させ、その一方に対し光ファイバーで時間遅延を付与し、その後に時間的に前後の光を再び干渉させることで、時間的に前後に存在するスクイーズド光がもつれあった状態を生成することができる。

また時間領域多重の量子もつれ生成のための実験装置の開発にあたって、我々は時間領域多重化のための損失の非常に少ない光遅延系など、多くの技術開発を行った。その結果、従来比1,000倍超となる16,000量子以上がもつれあった超大規模量子もつれの生成に成功した。システムの安定性を向上させることで、原理的には制限なく超大規模な量子もつれを生成することも可能である。

さらに、この超大規模量子もつれ状態と量子テレポーテーションを組み合わせることで時間領域多重の量子コンピューターを実現できる。時間領域多重化を量子もつれ生成のみならず、テレポーテーション型量子コンピューターにも用いることで、装置の規模を拡大することなく量子コンピューターの大規模化も可能になるのだ。現在は、開発した時間領域多重の超大規模量子もつれ生成装置に基づいた、大規模量子コンピューターの開発にも取り組んでいる。

図1:光を用いた量子コンピューター回路のイメージ図。従来考えられていた光を用いた量子コンピューターと、時間領域多重の量子コンピューターの比較。
図2:時間領域多重の量子コンピューター拡大図。時間領域多重の量子コンピューターは、時間領域多重の量子テレポーテーションに基づいている。開発した超大規模量子もつれ生成装置は、時間領域多重の量子コンピューターの一部分である。
ユニバーサルな量子計算の実現に向けた非古典的量子状態の生成

量子力学の原理を応用することで、特定の問題を現行の古典コンピューターよりも効率的に解ける可能性が示されており、量子コンピューターとして研究が進められている [1]。古典コンピューターが NAND ゲートの組み合わせで構成できることはよく知られているが、同様に、量子コンピューターにおいても、これを構成するゲート (量子ゲート) の最小単位が存在する。特に、連続量の手法を用いた光量子情報処理においては、ある 5 つの量子ゲートの組み合わせによって、任意の量子計算が可能であることがわかっている [2]。古澤研究室では、これらの量子ゲートのうち 4 つまでが実験的に実現されている [3]。残る 1 つの量子ゲートの構築が本研究の目的である。目的の量子ゲートは 3 次位相ゲートと呼ばれるが、これが実現されれば、量子計算をユニバーサルに行うための量子ゲートがすべて揃うことになる。

3 次位相ゲートは既存の量子テレポーテーション技術に、ある特定の量子状態を組み合わせて実現できることが知られている [4]。ここで必要となる量子状態は、0 から 3 光子数状態の重ね合わせとして表される非古典的な状態であり、これを生成することが 3 次位相ゲート構築のカギである。似たような重ね合わせ状態を生成する実験は過去にも数例存在していたが [5, 6]、高々 2 光子数状態までの重ね合わせまでしか作られておらず、また生成された状態に 50% 程度の大きなロスがあった。ロスの原因として、パルス光スキームを用いていることで測定時に大きくロスを受けていることが考えられた。3 次位相ゲートに用いる量子テレポーテーションには高い測定効率が不可欠であるから、先行研究の系は不適であった。

ロスの改善にあたり、我々はより測定効率の高い連続波光スキームを採用し、2013 年、0 から 3 光子数状態までの任意の重ね合わせを、80% 近い効率で生成することに成功した [7]。この実験手法で生成できる量子状態の 1 つとして 3 次位相ゲートに用いる量子状態の生成実験も行っており、高次の非古典性を持つ量子状態生成の成功が確認されている [8]。現在は、この手法を応用し実際に 3 次位相ゲートを実現する方法の開発に取り組んでいる。

図1: 非古典的状態生成実験の概念図。Trigger の光の側に置かれた 3 つの APD で同時に光子が検出された時、Signal の光は目的の非古典的量子状態になっている。
図2: 実験的に生成された、様々な非古典的量子状態の例。これらの状態は 0 から 3 光子数状態までの重ね合わせとなっている。(c) が 3 次位相ゲートへ応用が考えられている量子状態。